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日産 フェアレディZ – 日本最古の歴史と伝統に包まれたスポーツカー

この記事の目次

同じ車名で生産・販売され続けてきた長い歴史を持つ国産車はいくつかありますが、中でも2018年11月現在までスポーツカーとして何十年も代を重ね作られ続けてきた車種と言えば、日産 フェアレディZの右に出る車はいません。一度は存続の危機に立たされたものの、最高経営責任者の『思い出』もあって継続されたという、稀有な経歴を持つ車でもあります。

各代の概要と時代背景

フェアレディZ前史:戦後すぐに再開したダットサンスポーツの系譜・フェアレディ

「1にソロバン2に電話、3にトラックダットサン」とは戦前から日産が作っていた自動車のブランド『ダットサン』のキャッチコピーで、より正確には『ダットサン』ブランドの自動車を生産・販売する権利を得て、1934年に日産が誕生しました。

第2次世界大戦前から750cc未満の小型乗用車を得意としていたダットサン(日産)は、当時からオープンカーのダットサン14型ロードスターなどスポーツタイプの車も販売しており、ある意味で戦前から庶民的スポーツカーの始祖だったとも言えます。

戦後に乗用車の生産・販売が認められるようになると、国産車メーカー各社はまずタクシー用にさまざまな車を作るようになりますが、日産もダットサンDB型など戦前型モデルを復興させる一方で、ダットサン・スポーツDC-3というスポーツカーを1952年に発売しました。

戦後の凄まじく貧乏な日本では庶民が自動車を買うなど思いもよらない時代、富裕層は高性能の日本車を買い、小型乗用車の需要などタクシーか営業車しかなかった時代に小型スポーツカーのDC-3ですから、先見の明どころか無謀にもほどがあったと言えます。

実際、イギリスのMG-TDを真似て戦前型ダットサン小型車クラスの小型ボディにまとめたDC-3は寸詰まりもいいところで小型トラック用のシャシーに低性能のエンジンとスポーツとは名ばかり、国産車を買い支えようという慈善家でもなければ見向きもされない車でした。

しかし日産はわずか2年ほど、ごく少数しか生産されなかったDC-3であきらめず、1959年には最新のヨーロピアン・ライトウェイトスポーツ風のボディを持つダットサン・スポーツ1000(S211)を発売。

以後、以下のようにダットサン・スポーツの系譜をつないでいきます。 1960年:ダットサン・フェアレデー1200(SPL212/SPL213)

1961年:ダットサン・フェアレディ1500(SP310/SPL310)
1965年:ダットサン・フェアレディ1600(SP311/SPL311)
1967年:ダットサン・フェアレディ2000(SR311/SRL311)

SPL212の頃はフェアレデーでしたが初登場、当初ほぼ輸出限定だったものの、次のSP310で型式からL(左ハンドル)が取れて国内販売も開始、車名も『フェアレディ』となりました。

相変わらずシャシーはトラック用ラダーフレームをいくらか低床化した程度の乗用車用シャシーでしたが、エンジンだけは乗用車のブルーバード用をツインキャブなどでチューン、あるいはより大きなセドリック用エンジンを搭載。

パワフルで足回り(リアはリーフリジッド)にエンジンパワーが勝り、乗り心地はお世辞にもスポーティとは言えないジャジャ馬でしたが、日産以外どこもスポーツカーの量販などやらない時代にオープンスポーツカーでしたから、貴重な存在でした。

しかし、基本的にはヨーロピアンスポーツの模倣である廉価版スポーツなフェアレディに代わり、北米市場で日産のイメージリーダーとなる車種が求められ、新たに完全新開発されたのが初代フェアレディZです。

総合概要:日米で多くのユーザーが熱狂したスポーツカー文化の代表

あくまでトラックシャシーに強力なエンジンとオープンスポーツボディを載せただけのフェアレディでは競争力不足が明らかな上に、イメージリーダーとしての個性も不足していると考えたのは、当時米国日産の社長で後に『ミスターK』と言われるフェアレディZの父、片山 豊かでした。

片山は欧米の最新スポーツカーにも負けない美しいデザイン、北米ユーザーには欠かせないテールゲートつきラゲッジや2+2シートなどの実用性、それでいてスポーツカーとして遜色ない優れた走行性能を持ち、日本車らしく安価なスポーツカーを欲したのです。

既に定番化していたフェアレディから大きくイメージを変える事で市場を失うことを警戒した保守的な日産本社を説得した片山は、本国の開発部隊に日本海軍では「皇国の興廃この一戦にあり」を意味する決戦信号旗『Z旗』を贈り、『究極』を意味するZと合わせ車名は「Z」と決定。

『フェアレディ』名は日本国内限定だったので、日本では『フェアレディZ』、北米では『ダットサン240Z』などと呼ばれる新型スポーツカーS30型は1969年に発売されました。

発売されるや安価でスタイリッシュ、高級スポーツカーにも太刀打ちできる性能により日米で空前の大ヒットを記録、特に北米での熱狂ぶりはすさまじいもので、『Z(ズィー)カー』は1970年代に青春時代を過ごしたアメリカの若者にとって、永遠の思い出となったのです。

日本でも多くの若者を喜ばせたフェアレディZですが、あくまで北米市場のために作られた車でメインはアメリカの『Zカー』。

2代目S130型(1978年発売)、3代目Z31型(1983年発売)でもその路線は変わりませんでしたが、Z31型の途中、プラザ合意(1985年)によって長年続いた円安ドル高路線が終了すると円高ドル安が進み、日本車全般の価格が上昇してしまいます。

プラザ合意以前の日本は、「性能や品質、質感は多少妥協しても、安くて燃費が良くて信頼性の高さが売り」でしたが、価格が上がれば安い割にはイイ車ではなく『値段なりのクオリティを持つ車』である事を求められるようになったのです。

そのためZ31型後期より高級ラグジュアリーGT路線へと変わっていき、Z32型(1989年)では本格的な高級スポーツへ進化、重厚感あるデザインへと変化を強いられます。

従来からの安価な「Zカー」の立場はより格下の200SX(日本国内名シルビア)などが受け持ったため、フェアレディZは北米で新たなユーザーを獲得しきれず没落。

日産自体が企業としての存続すら危ぶまれる深刻な経営危機に陥いったため、10年以上の生産・販売期間のほとんどで半ば放置、2000年にはついに一旦生産終了してしまいます。

しかし、日産を傘下に置いたフランスのルノーが送り込んできた再建請負人、カルロス・ゴーン社長(当時)が若い頃に北米で『Zカー』とのよき思い出を持っていた事が、フェアレディZの再起動に大きな役割を果たしました。

2002年、わずかな空白期間を経てZ33型フェアレディZが復活、2008年にはZ34型へと進化して、2018年11月現在も販売されています。

基本的には『伝統のスタイル』『様式美』を守る日産ブランドのイメージリーダー的存在をGT-Rとともに担っているゆえにそうそうモデルチェンジしない車種ですが、最新メカニズムを搭載してのバージョンアップを今でも欠かしていません。

若者を熱狂させた『Zカー』登場。 初代S30系(1969-1978)

日米で歴史的名車として記憶される事となる初代S30系フェアレディZは1969年に発売。

それまで販売していた『フェアレディ』が欧州車風の小型オープンスポーツカーボディだったにも関わらず元来はトラックにも使われるシャシーでサスペンションも含め平凡そのもの、強力なエンジンに見合わないものだったのを全面的に新開発し直しました。

すなわち近代的なモノコックボディに4輪ストラット式独立懸架サスペンション、最新式のL型直列6気筒SOHCエンジンを搭載し、ボディはロングノーズ・ショートデッキの典型的なスポーツカースタイル。

北米市場で日産のイメージリーダーとなるべく『ジャガー・Eタイプのような』とオーダーされたデザインはグラマラスな曲線を持つ流線型で、フロント部へえぐるように搭載された丸目2灯式ヘッドライトにより精悍なイメージも与えています。

北米での販売を成功させるための重要な要素としてリアには実用的なラゲッジ(荷室)とテールゲートを設け、2シーターに加えて全長とホイールベースを伸ばした2+2シーターモデルも設定し、スポーツからショッピングまで幅広い用途に使うことができました。

特にそのデザインは発売前から絶賛され、北米で公道走行テストを行っていた車両が現地警察に止められ、特に違反もしていないのになぜ?と不思議に思っていたところ、「スマンがこれはなんて車だ?発売前?発売されたら絶対買う!」と言われたエピソードすらあります。

果たして発売されたフェアレディZ、北米名『ダットサン240Z』、通称『Z(ズィー)カー』は狙い通り北米でスポーツカーとして空前の大ヒットを記録したほか、日本でも大人気になりました。

なお、北米では2.4リッター車が『240Z』。同2.6リッター『260Z』、同2.8リッター『280Z』と排気量によって車名が決まり、日本では当初小型車枠に収まる2リッター車のみで、通常の『Z』と当時のスカイラインGT-Rと同じ高性能DOHCエンジンを搭載した『Z432』を発売。

主にレース向けに軽量化と装備を簡素化した『Z432R』も少数販売されました。

後に北米で人気の2.4リッターエンジン搭載グレード『240Z』や、フロントグリルにGノーズと呼ばれるフロント先端まで尖らせる空力パーツを装着した『240ZG』を国内仕様でも追加。

輸出仕様に260Zや280Zが追加された時に国内投入も検討されましたがオイルショックで実現せず、Z432もフェアレディZとの相性はあまり良くなかったと言われ、日本でもっとも人気があったのは輸出しようと同じエンジンを国内仕様にも載せた240Zでした。

日本の『フェアレディZ』、北米の『Zカー』ともに歴史を作った伝説的名車となり、北米では愛好家からの働きかけで北米日産が公式なレストア車を1990年代に『ビンテージZ』として限定販売したほか、日本でもレストア済み程度良好車はプレミアもの。

漫画『湾岸ミッドナイト』に登場したL28改3.1リッターツインターボ仕様など架空作品にも数多く登場しているほか、同じようなモンスターチューニングマシンが数多く存在しました。

S30系フェアレディZ自体は1978年まで販売されて9年ものロングセラーモデルになりましたが、歴代モデルのほとんどがロングセラーなのもフェアレディZの特徴です。

代表スペックと中古車相場

日産 HS30H フェアレディZ 240ZG 1972年式
全長×全幅×全高(mm):4,305×1,690×1,285
ホイールベース(mm):2,305
車重(kg):1,010
エンジン:L24 水冷直列6気筒SOHC12バルブ
排気量:2,393cc
最高出力:110kw(150ps) / 5,600rpm(※グロス値)
最大トルク:206N・m(21.0kgm) / 4,800rpm(※同上)
乗車定員:2人
駆動方式:FR
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F・R)ストラット
中古車相場:150万~1490.4万円

正常進化+Tバールーフ追加。有名刑事ドラマでも使われた2代目S130系(1978-1983)

1978年8月にS130系2代目フェアレディZへとモデルチェンジされました。

北米では2.8リッターの自然吸気、あるいはターボ版L28エンジンが搭載され『ダットサン280ZX』という車名で、日本でも2代目では2.8リッターエンジン搭載車が『280Z』として設定され、2リッターのL20搭載車ともども販売されています。

ただし1982年にターボ車が登場した時、L28ターボ(L28ET)は日本では認可されずL20ターボのみが販売されました。

デザインは先代のGノーズ装着型をリファインしたような正常進化版で、リアサスペンションの変更によりホイールベースが若干伸び、リアオーバーハングが拡大されるなど中身の変更面は大きいものの、外観面では誰でも容易に識別できるほど先代との違いはありません。

しかし1980年、先代でもテストされたものの販売に至らなかったタルガトップに代わるオープンエア仕様、Tバールーフが国産車で初めて登場、これをベースにガルウイング化した改造車は人気刑事ドラマ『西部警察』にスーパーZとして登場、大人気となりました。

2代目S130系は1983年にモデルチェンジされるまで5年の販売にとどまり、結果的には初代S30系と3代目S130系の間の繋ぎ役的な役割となって、歴代モデルの中ではもっとも販売期間の短いモデルです。

代表スペックと中古車相場

日産 HS130 フェアレディZ 280Z-L 1978年式
全長×全幅×全高(mm):4,420×1,690×1,295
ホイールベース(mm):2,320
車重(kg):1,225
エンジン:L28E 水冷直列6気筒SOHC12バルブ
排気量:2,753cc
最高出力:107kw(145ps) / 5,200rpm(※グロス値)
最大トルク:225N・m(23.0kgm) / 4,000rpm(※同上)
乗車定員:2人
駆動方式:FR
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F)ストラット・(R)セミトレーリングアーム
中古車相場:155万~418万円

V6エンジン化!しかし保守派向け直6モデルも人気が高かった3代目Z31系(1983-1989)

3代目Z31系フェアレディZは1983年9月にモデルチェンジを受け登場。

当時の日産は6気筒エンジンを直列6気筒のL型エンジンからV型6気筒のVG型へ世代交代を進めようとしており、Z31も当初は2リッターターボのVG20ETと3リッターターボのVG30ETが搭載され、パワフルな3リッターターボ車の登場は歓迎されました。

しかし、日本ではユーザーの直列6気筒信仰が根強く、さらにVG20ETがスポーツカー用としてはパフォーマンス不足で不評だった事から、保守層向けにVG型と並行開発されたL型エンジンリファイン版RB型が搭載される事となり、後に2リッターターボのRB20DET搭載グレード『200ZR』系を追加。

後にVG20ET搭載の『200ZX』は廃止され、代わって3リッター自然吸気DOHC版VG30DEを搭載した『300ZR』が追加されています。

V6エンジン搭載車に直6エンジンが搭載可能だったのは、角形2灯式セミリトラクタブルヘッドライトを採用するなど空力的にリファインされつつ、ロングノーズ・ショートデッキを守ったデザインのおかげ。

国内で解禁されたドアミラー化や先代から引き続き設定されたTバールーフ仕様もありましたが、後の視点で見ると『初代以来のデザインをカクカクさせたような』どこかぎこちない面もあります。

なお、モデル途中の1985年に先進国による金融会議で行われた『プラザ合意』によって、円高ドル安が急激に進行、それまで「安くてカッコイイスポーツカー日本代表」だったフェアレディZが北米で為替レートの関係から高価になり、その立場が揺らぎました。

そのため1986年のマイナーチェンジでカクカクしたデザインの角を落としてボリュームを落とすなど、左右ドア以外は前期型より大幅にデザインが変更されて日本仕様も3リッター車は3ナンバーボディになっています。

これにより北米では価格に見合った高級ラグジュアリー路線へ大きく変更、従来の『Zカー』の立場は、1クラス下の240SX(日本名『180SX』、北米版シルビア)が担う事になりました。

代表スペックと中古車相場

日産 GZ31 フェアレディZ 2by2 ZG Tバールーフ 1985年式
全長×全幅×全高(mm):4,535×1,690×1,310
ホイールベース(mm):2,520
車重(kg):1,300
エンジン:VG20ET 水冷V型6気筒SOHC12バルブ ターボ
排気量:1,998cc
最高出力:125kw(170ps) / 6,000rpm(※グロス値)
最大トルク:216N・m(22.0kgm) / 4,000rpm(※同上)
乗車定員:4人
駆動方式:FR
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F)ストラット・(R)セミトレーリングアーム
中古車相場:65万~685万円

国内280馬力自主規制の先駆けとなったハイパワーZ、4代目Z32系(1989-2000)

先代後期型からの高級ラグジュアリースポーツ路線をさらに推し進めた4代目Z32系フェアレディZは1989年7月に登場しました。

リトラクタブル/セミリトラクタブル式を採用しなくとも北米の保安基準で十分な高さを持ち、ライトカバーにより空力良好なヘッドライトと、その延長線上で低いキャビンを前進させたグラマラスなラインを持ち、VG30DETTツインターボを収められるワイド&ローボディを採用。

当時、1990年代にハンドリング世界一という成果を求めた『901運動』を行っていた時期の日産車らしく、4輪マルチリンク式独立懸架サスペンションなどによって、素晴らしい運動性能を得ました。

3リッターV6DOHCツインターボのVG30DETTは国産車で初めて300馬力に達するエンジンのひとつでしたが、同時期のハイパワーエンジン同様『行き過ぎたパワー競争』を防ぐべく、日本国内では280馬力自主規制を初適用(海外仕様は問題なく300馬力)、その他自然吸気版のVG30DE搭載車もあり。

ボディタイプは従来通りの2シーター/2+2シーターとノーマルルーフ/Tバールーフのほか、フェアレディZとして初めてフルオープンの『コンバーチブル』も登場しています。

北米では高級スポーツカーとして一定の成果を収めたものの、高額な保険料などもあってスポーツカー人気自体が低迷、日本国内でもバブル崩壊や日産自体の経営悪化、さらにスポーツカーとして第2世代のスカイラインGT-R人気が高まり、存在感が希薄になってしまいました。

その結果、発売以来長らく内外装の小規模な変化にとどまる『事実上の放置に近い状態』が続いてしまい、1998年10月には発売9年目にしてようやく初のマイナーチェンジが行われたものの、VQ型など新型V6エンジンへの更新も実現しません。

結局日産の車種整理によって2000年12月に販売終了、一旦フェアレディZは消滅しますが、提携した日産を傘下に収めたフランスのルノーから派遣された『再生人』カルロス・ゴーンが『Zカー』へ思い入れの深い人物だった事もあり、販売終了時点で復活が明言されていました。

代表スペックと中古車相場

日産 GCZ32 フェアレディZ 2by2 300ZX ツインターボ 1989年式
全長×全幅×全高(mm):4,525×1,800×1,255
ホイールベース(mm):2,570
車重(kg):1,570
エンジン:VG30DETT 水冷V型6気筒DOHC24バルブ ICツインターボ
排気量:2,960cc
最高出力:206kw(280ps) / 6,400rpm
最大トルク:388N・m(39.6kgm) / 3,600rpm
乗車定員:4人
駆動方式:FR
ミッション:5MT
サスペンション形式:(F・R)マルチリンク
中古車相場:27万~298万円

カルロス・ゴーン体制下で復活を遂げた逆襲のZ、5代目Z33系(2002-2008)

5代目Z33系フェアレディZは2002年7月に発売、再びロングノーズ・ショートデッキスタイルでZ32時代のイメージを払拭し、独立トランクを持つ2シータークーペとして再出発しました。

2代目から4代目まで設定されていたTバールーフも廃止され、4代目で設定されていたフルオープン仕様が電動ソフトトップを持つ『フェアレディZロードスター』として2003年10月に追加。

エンジンも新世代のVQ型エンジンとなり3.5リッターV6自然吸気のVQ35DEを搭載、当初まだ自主規制時代だったので280馬力上限でしたが規制撤廃後に294馬力まで引き上げられ、2007年1月に更新されたVQ35HRでは313馬力を発揮しました。

プラットフォームも新開発で同時期のV35スカイラインと同じFMプラットフォームを採用、廃止された2+2シートのクーペはV35スカイライン・クーペが後継車となって、同車が事実上の姉妹車となっています。

NISMOの手でS-tune GTやバージョンNISMO、バージョンNISMOタイプ380RSなど高性能版が開発され、レースやラリーなどモータースポーツでの活躍からスポーツイメージも回復。

スカイラインGT-Rやシルビアが消滅した日産にあって、貴重なFRスポーツカーという位置づけになりました。

代表スペックと中古車相場

日産 Z33 フェアレディZ バージョンST 2002年式
全長×全幅×全高(mm):4,310×1,815×1,315
ホイールベース(mm):2,650
車重(kg):1,450
エンジン:VQ35DE 水冷V型6気筒DOHC24バルブ
排気量:3,498cc
最高出力:206kw(280ps) / 6,200rpm
最大トルク:363N・m(37.0kgm) / 4,800rpm
乗車定員:2人
駆動方式:FR
ミッション:6MT
サスペンション形式:(F・R)マルチリンク
中古車相場:19.8万~469万円

最新のZは最強のZ、地道なバージョンアップを続ける6代目Z34系(2008-)

2008年12月に発売、2018年11月現在でも販売中で間もなく10年、歴代最長のロングセラーモデルとなるのが6代目Z34系フェアレディZです。

デザインは先代Z33をリファインした正常進化版で、引き続きスカイラインとプラットフォームやサスペンションを共用し、スカイラインクーペが事実上の姉妹車として存在するのも変わりません。

ただしホイールベースが100mmも短縮された一方、ワイドトレッド化が図られるなど運動性能の向上、新たに3.7リッターへ排気量アップ、336馬力に達したVQ37VHRエンジンを搭載した動力性能向上などスポーツカーとしての魅力アップが図られています。

先代から新時代の日産の『顔』として世界100カ国以上で販売されるようになりましたが、6代目Z34ではさらに120カ国以上で発売される、世界的に見てもポピュラーなスポーツカーとなりました。

なお、先代同様にオープンモデルの『フェアレディZロードスター』が追加されていましたが、現時点で日本での販売を終了。

2018年11月時点では通常版と高性能版『NISMO』の2本立てとなっていますが、まだ具体的に後継車の話は出ていません。

しかし北米など世界的には新たなカスタムバージョンが発表されており、まだしばらく日本では貴重なFRスポーツクーペとして販売が続きそうです。

代表スペックと中古車相場

日産 Z34 フェアレディZ バージョンST 2018年式
全長×全幅×全高(mm):4,260×1,845×1,315
ホイールベース(mm):2,550
車重(kg):1,540
エンジン:VQ37VHR 水冷V型6気筒DOHC24バルブ
排気量:3,696cc
最高出力:247kw(336ps) / 7,000rpm
最大トルク:365N・m(37.2kgm) / 5,200rpm
乗車定員:2人
駆動方式:FR
ミッション:6MT
サスペンション形式:(F)ダブルウィッシュボーン・(R)マルチリンク
中古車相場:119万~518.5万円

各代の新装備

初代S30系

初代フェアレディZ(S30系)はフェアレディ2000(SR311)とは何もかもが異なり、フルモノックボディのクローズドクーペ、4輪ストラット式独立懸架サスペンションを持ち、そして直列6気筒エンジンが搭載されていました。

日本仕様のエンジンは当初2種類で、標準的なグレードが既にセドリックやスカイラインに搭載されていたL20型SOHC2バルブだったのに対し、高性能版のZ432やレース向けZ432Rでは第1世代スカイラインGT-R用のS20型DOHC4バルブエンジンを搭載。

ただし、スカイラインGT-Rとのマッチングが良好だったS20はフェアレディZとの相性は振動面などで今ひとつだったとも言われておりもっとも人気を得たのは海外仕様に搭載されていた2.4リッターSOHC2バルブのL24搭載型240Zでした。

ただし厳しい排ガス規制やオイルショックの波は当然フェアレディZにも押し寄せ、1973年にZ432と240Zは販売終了、240Zは1971年に追加されたばかりだったので、国内での正規販売はわずか2年のみの短命モデルとなっています。

残ったのはL20搭載車だけでしたが、1975年には昭和50年排出ガス規制へ対応するため燃料系をSUツインキャブから電子制御燃料噴射装置EGI(同装置の日産名)へと換装。

酸化触媒を基本に各種排ガス浄化装置を組み合わせたNAPS(日産公害防止システム)を組み合わせて規制をクリアしましたが、それに続くターボ化など環境対策と出力増強の両立は2代目へ持ち越されました。

なお、使用燃料は基本的にハイオクガソリンでしたが、L20とS20にはカタログ上の最高出力を5馬力程度落としたレギュラーガソリン版が存在します。

その他目立つ装備面では、1970年に3速ATが、1976年にはパワーウィンドウや電動リモコンフェンダーミラーなどが一部グレードに追加されました。

また、外観上の装備では240Z系の『240ZG』にフロントバンパー一体式のFRP製エアロノーズ『グランドノーズ(通称Gノーズ)』と、オーバーフェンダーが装着され、販売期間は短かったものの初代フェアレディZで代表的な形態のひとつとなっています。

2代目S130系

2代目で従来より大きく変わったのはリアサスペンションで、当時の810型ブルーバード用を原型とするセミトレーリングアームへ変更、マイルドな特性となりました。

エンジンも先代で実現しなかった2.8リッターエンジンL28Eが搭載された『280Z』グレードが登場、後に2リッターL20ともどもEGIから電子集中制御システムECCS化されています。

2.8リッターターボ車版も開発されて海外に投入されましたが、当時の日本では「ターボは2番目に大きなエンジンにしか認めない」という不文律があり、熱望されつつターボエンジンは2リッターのL20ETのみにとどまっています。

ただし国内版ターボ車の『200Z-T』には国産車で初の60扁平タイヤ215/60R15が採用され、当時としては超ワイドタイヤでした。

また、先代からオープンエア化の要望があり、タルガトップ化して独立トランク化したクーペ仕様が試作されていたものの、結局セミオープンエアと実用性の高いラゲッジを両立したTバールーフ仕様が1980年に追加され、4代目まで継続設定されます。

他に目立つ装備としては3速ATに直結のロックアップ機構を追加、リヤサイドウィンドウのリモコン開閉機構、クルーズコントロールなどがありました。

3代目Z31系

3代目最大の新装備はエンジンで、日産が直6のL型から最新の軽量コンパクトなV6のVG型を採用、発売当時は全車ターボ化で2リッターのVG20ETと3リッターのVG30ETが搭載されました。

しかしともにSOHC2バルブエンジンだったため、大排気量のVG30ETはともかくVG20ETはパワー不足、フィーリングも褒められたものではないと不評を買い、北米と違って直6信仰の根強い日本市場向けに、直6DOHC4バルブターボのRB20DETが後に搭載されます。

この改良のおかげでZ31は『直6のL型やRB型なら何でも搭載できる最後のZ』となり、後に第2世代スカイラインGT-R用のRB26DETTへ換装したチューニングカーも作られました。

さらにVG30にも自然吸気ながらDOHC4バルブ仕様のVG30DEが追加(VG20ETが入れ替わりに廃止)されましたが、既にDOHCターボ時代が到来していたため、特に日本市場ではやや時代遅れになりつつあるのが難点で、次代のZ32で改善されます。

デザイン面では、ランプが上下に可動する『パラレルライズアップヘッドランプ』を採用、収納時にランプの一部が露出するため空力効果や見た目のスッキリ感という意味では限定的でしたが、ボディ全体の空力リファインのため、海外仕様の最高速は250km/hを超えました。

他に目立つ装備面としては、全車に減衰力3段階調整式『3ウェイアジャスタブルショックアブソーバー』が採用され、ATも4速AT化されています。

4代目Z32系

4代目は先代で既に時代遅れになりつつあったパワーユニットに手を入れて3リッターに統一、DOHC自然吸気版VG30DEはそのままに、新たにDOHCツインターボのVG30DETTを搭載国内仕様は規制されて280馬力でしたが、海外仕様は300馬力でした。

ただしエンジンルームはVG30DETTを『押し込んだ』ような形で余裕がなく、2000年まで長く生産される間にVG30系が陳腐化してしまった後も、新しいVQ型エンジンへ更新する足かせとなってしまいます。

さらに特徴的だったのはヘッドライトで、透明なフルカバーで空力的問題を解決しつつ、プロジェクターランプ式ロービームやリフレクター式ハイビームで明るさを確保、後にランボルギーニ・ディアブロや日産R390にも流用される優れたデザインでした。

走行性能では新開発の4輪マルチリンクや日産独自の4WS(4輪操舵)システム『スーパーHICAS』をVQ30DETT搭載車に採用、素晴らしいハンドリングを手に入れています。

発売から大幅な変更を行う余力が日産に失われており、事実上放置に近い扱いでしたが、1993年8月にエアコンの冷媒をフロンガスR12から代替フロンR134aに切り替え、HICASが電動スーパーHICASへ変更。

1994年10月には全車運転席運転席エアバッグとビスカスLSDを標準装備する程度の小規模な改良は行われました。

1998年10月にはようやくマイナーチェンジが行われましたが、内外装に小規模な変更とVG30DETT搭載車のヘッドランプにキセノン(HID)ランプが標準装備化された程度です。

5代目Z33系

再出発した日産を象徴した1代、5代目Z33フェアレディZは基本的にこれも新生日産を象徴するV35スカイラインと同じ、フロントミッドシップの新しいFMプラットフォームを採用、サスペンションやエンジンも共通化されました。

Z32と同じなのは4輪マルチリンク式独立懸架サスペンションだというくらいで、エンジンは3.5リッター自然吸気DOHCのVQ35DE、後に高回転ハイパフォーマンス化で通常版でも300馬力を超え313馬力に達するVQ35HRが搭載されています。

組み合わせられるミッションもATは近代的なマニュアルモードつき5速AT、MTも新開発6速MTとなり、2004年9月には変速時にエンジン回転数コントロールを自動で行ってくれる『シンクロレブコントロール』が組み込まれ、ヒール&トゥを不要にしました。

さらに灯火類はテールランプがLED化されたほか、ショックアブソーバーは2005年9月に微振動吸収型で急激な突き上げを抑制する『デュアルフローパスショックアブソーバー』が採用されています。

6代目Z34系

Z33の運動性能や動力性能を改善してリファインした6代目では、エンジンを排気量アップ&可変バルブ機構VVELを採用したVQ37VHRへ換装、最高出力336馬力に向上し、ミッションもATは日産初の7速ATが採用されました。

プラットフォームもスカイラインクーペと共有とはいえZ34に合わせた最適化やホイールベース短縮により事実上別物といってもよい改良が施され、剛性アップしながら重量増加を抑えています。

その他装備面では2012年7月に操作反応度向上と乗り心地の良さを両立した『ユーロチューンドサスペンション』を採用。

2015年7月には操作に応じた力強いエンジンサウンドを実現する『アクティブ・サウンド・コントロール』と、エンジンの不快な騒音をスピーカーから逆位相制御音を発することで抑制する『アクティブ・ノイズ・コントロール』をオプションのBOSEサウンドシステムに設定しました。

派生型

ビンテージZ (初代ベース)

1990年代後半、高価すぎてかつての『Zカー』のコンセプトからかけ離れてしまった上に、1996年には北米での販売をやめてしまったZ32フェアレディに代わるものとして、Zカーの愛好家からの要望で北米日産が企画した初代S30Zのレストアモデル。

新品、または中古再生の純正部品を可能な限り使用して『懐かしのZカーよもう1度』を狙いましたが、いかに北米とはいえ、いち現地ディーラーの企画としては予算や時間の問題で手に余り、依頼したショップによっても品質に差があって、結局あまり作られていません。

ただ、当時は非常に大きな話題になったため、後のZ33によるフェアレディZにつながる成果を上げたと言えます。

フェアレディZコンバーチブル (4代目ベース)

2代目S130以来のTバールーフに加え、4代目Z32で追加されたのがフルオープン版フェアレディZコンバーチブルで、SR311型フェアレディの生産終了以来32年ぶりの復活となって、1992年8月に発売されました。

当初からコンバーチブル化を考慮したボディではなかったためBピラーは残され、ソフトトップ(幌)も手動式、エンジンは3リッター自然吸気のVG30DEのみです。

それまでテールゲートつき2ドアクーペだったフェアレディZでしたが、Z32のコンバーチブルでは歴代初の独立トランクを持っていたのも特徴でした。

フェアレディZロードスター (5~6代目ベース)

4代目のフェアレディZコンバーチブル後継として、5代目Z33ベースは2003年10月に、6代目Z34ベースは2009年10月に、いずれもベース車からやや遅れて発売。

今度は最初からロードスターの存在を前提として開発されていたため、ソフトトップとはいえ電動収納式となっており、Bピラーもないフルオープンでした。

日本向けは2014年9月受注分をもって生産終了し、その後販売されていません。

フェアレディZ S-Tune GT (5代目ベース)

5代目Z33をベースにNISMOがVR35DEをチューン、ノーマル280馬力に対して300馬力を発揮し、2004年1月に発売したコンプリートカー(NISMOは日本自動車工業会加盟メーカーではないので、自主規制下でも280馬力オーバー車を発売できた)。

ロングノーズバンパーなどを装着した特別仕様車、タイプEをベースとしていて外装は準じており、他に大型リアスポイラーは、サスペンション、ブレーキも専用です。

フェアレディZ バージョンNISMO (5代目ベース)

NISMOとオーテックジャパンが5代目ベースに共同開発したコンプリートカーでエンジンはベース車のVQ35HRそのままですが、ヤマハ製パフォーマンスダンパーの採用など車体性能向上、専用外装パーツによる空力性能向上が図られました。

フェアレディZ バージョンNISMOタイプ380RS / タイプ380RSコンペティション (5代目ベース)

バージョンNISMOのエンジンを3.8リッターまで排気量アップしたVQ35HR改へ換装、400馬力までパフォーマンスアップして軽量化、空力性能も向上させてミッションやサスペンション、ブレーキも専用となったレース仕様車がタイプ380RSコンペティション。

その公道仕様で300台限定販売されたのがタイプ380RSで、エンジンは基本的に同じですが350馬力にデチューンされ、内外装はバージョンNISMOと共通です。

380RSコンペティションは2007年1月、380RSは同年6月に発売されました。

フェアレディZ バージョンNISMO / NISMO (6代目ベース)

Z34ベースのバージョンNISMOは2009年6月に発売され、Z33と異なり標準型の336馬力から355馬力に引き上げたNISMO仕様VQ37VHRを搭載。

パフォーマンスダンパーやボディ補強、パワステ特性、サスペンションやエアロパーツも専用品で、7速ATも選択可能。

2013年6月には高性能スポーツバージョンとしてブランド展開を始める『NISMO』ブランド車として、『フェアレディZ NISMO』となり、内外装の小改良を受けつつ継続販売中です。

常にレースとともにあり、ラリーやジムカーナでも多彩な活躍を魅せるZ

フェアレディZの歴史はスポーツカーらしくモータースポーツに彩られています。

以下、目立つ実績を簡単に紹介します。

初代

国内外のレースで活躍したのは元より、当時の日産主力ラリーマシンとして240Zがサファリラリーへ参戦、1971年と1973年には総合優勝の栄冠に輝いたほか、モンテカルロラリーなど他のラリーでも好成績を挙げています。

なお、国内ラリーではフェアレディZを得意とするレーシングドライバー柳田春人の存在が大きく、『Zの梁田』と呼ばれていました。

2代目

日本での目立つ実績はないものの、北米のIMSAレースに参戦。

特に日産車のCMにも多く登場した俳優のポール。ニューマンもステアリングを握ってレースに出場しています。

3代目

引き続き北米でIMSAレースに参戦し、多くのレースで優勝。

日本国内でも『神岡ターン』で有名な神岡政夫がドライバーを努めた300ZXターボが、1985年に全日本ラリーで総合優勝を収めています。

4代目

引き続きIMSAに参戦しますが搭載していたのはプレジデント用V8エンジンをチューンしたもので、北米タイトルは元よりル・マン24時間レースなど国際耐久レースで好成績を挙げ、デイトナ24時間レースでは優勝ました。

引き続きIMSAに参戦しますが搭載していたのはプレジデント用V8エンジンをチューンしたもので、北米タイトルは元よりル・マン24時間レースなど国際耐久レースで好成績を挙げ、デイトナ24時間レースでは優勝ました。

日本でも初期のJGTC(現在のスーパーGT)などに参戦、華々しい成績ではなかったものの、フェアレディZとIMSAマシンの存在感を示しています。

5代目

Z33以降は久々に日本でのレース参戦が増え、2003年からJGTCのGT300クラスへ参戦、さらにスカイラインGT-Rの生産が終了すると2008年にR35型GT-Rが登場するまでGT500にも出場するようになり、両クラスで数々の勝利を収めています。

より市販車に近いスーパー耐久レースでも2003年から参戦、2004~2005、2007年のSt-3クラスシリーズチャンピオン獲得など活躍。

全日本ラリーにも2輪駆動部門へ2003~2005年に参戦し、ラリー車としては珍しい重量級大排気量マシンとして注目を集めたほか、ドリフト競技のD1グランプリでも使用されています。

6代目

Z34は国内レースではスーパー耐久がメインで、引き続きST-3クラスへ参戦。

意外なところでは全日本ジムカーナにおいて、ハイパワー2輪駆動のPN2クラスにZ34が出場しており、FD2やFK2シビックタイプRなどFF勢、アバルト124スパイダーなどに混ざって活躍しています。

次期モデル大予想

現行の6代目Z34が2008年に発売されてはや10年、同じく日産のスポーツイメージを牽引するGT-Rと2トップであり、GT-Rが4WDスーパースポーツならフェアレディZは正統派FRスポーツ代表なのですが、両車とも今ひとつ次期モデル開発には腰が重いようです。

将来の可能性を匂わせるコンセプトカー程度はあるのですが、それが即、次期型を意味するかと言えば、そう考えるのは全く時期尚早というものばかり。

それでもフェアレディZに関しては2018年に入ってから動きがあり、どうも2017年末頃からようやく開発がスタートしたらしい?という噂が流れてきました。

それもSUVやコンパクトカー、ミニバン、そして運転支援やEVなど開発せねばならない課題が山積みの中、どうにかフェアレディZ生誕50周年である2019年には何らかの成果を発表したいという思惑、あるいは外野の希望がかなり先行しているようです。

実際には東京モーターショー2019で将来の方向性を決めるコンセプトカーが登場する「可能性がそれなりにはある」程度で、仮にそこまでたどりついてもデザインスタディ止まり、市販化は2020年代への持ち越しが確実でしょう。

というのも、現在の自動車は運転支援技術や電動化技術を本格的に実用化して何にでも積めるかどうか、そして従来型自動車の販売をいつまで許すか、という方向性を定めるための過渡期にあります。

せいぜい5年程度でモデルチェンジする車ならばともかく、フェアレディZのように長いモデルライフの中で長期間イメージリーダーを努めねばならないような車は、非常に出しにくい状況。

しかも2018年10月に北米で開催されたSEMAショーでは、インフィニティQ50(スカイラインの海外名)には既に搭載されているものの、日本で販売されている車には全く見かけない新型3リッターV6ツインターボVR30DETTを搭載したZ34が登場しました。

これを単なるコンセプトと見ることもできますが、完成度の高さを見る限り、どうも「VR30DETTを載せれば、まだZ34でイケるのでは?」という感触を、日産が探っているようにも思えます。

その場合、VR30DETT搭載車を販売していない日本ではZ34が単純に販売終了してしまう可能性すらあり、今や月販数十台、時には数台なこともあるZ34のため、日本仕様のエンジンを変更するほどのビッグマイナーチェンジをするか?疑問です。

仮に日本でも継続販売されるとして、VQ37VHRのまま現状維持の可能性が高く、VQ型の中でも2000年代後半からの新世代エンジンのため、2020年代半ばまでは現役でイケます。

となればZ34はあと5年程度延命、その間に将来のスポーツカーとして方向性が決まればよし、決まらなければ最悪の場合は廃止もありえます。

それでもZ35フェアレディZがありえるとすれば、以下のような車になるのではないでしょうか。

  • 衝突安全性能やイメージの問題から、デザインはあえて大きくは変わらず。
  • パワーユニットはVR30DETTか、新型の可変圧縮比エンジンVC-T。
  • ミッションはMTが廃止されDCT化。
  • 電動化技術は発進時のパワーアシストや車内電装品使用にとどまるマイルドHVまで。
  • 過給機の電動スーパーチャージャー化(電動ターボ)はありえる。
  • 発売当初は内燃機関オンリーまたはマイルドHVなものの、将来的にはEV化。
  • 長距離ツアラー的な要素が北米では欠かせないのでe-POWERはなし。
  • 基本的にはインフィニティQ50(日本名スカイライン)やクーペ版Q60に準拠するので、その改良内容次第。

とにかくベースとなるインフィニティQ50/Q60にかなり影響されますし、ベースとしない限りGT-R並に高価なモデルとなってしまいますから、コスト的にも大きく外れることはないでしょう。

その上で発売時期は2025年として、Z34にはもう少し頑張ってもらうと大予想させていただきます!