自動運転

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自動車の自動運転は、飛行機のオートパイロットや無人運転の電車とは違うの?

自動運転の『先輩』として真っ先に思い浮かぶのが飛行機のオートパイロット(自動操縦)や、電車の無人運転です。まだまだ実用にはほど遠い自動車の自動運転は、これら先輩格の自動運転(操縦)とはどう違うのでしょうか?その違いを見ると、自動車の自動運転の難しさが分かってきます。

かなり歴史が古い飛行機の自動操縦

乗り物が発明されると「ああ、これ自動で勝手に動いてくれたら楽だろうな」と思うのはどんな乗り物でも共通なようで、飛行機ではライト兄弟が1903年に人類初の動力飛行を成功させてから15年と経たないうちに、初の自動操縦装置が誕生しました。

それが第1次世界大戦中に開発された、飛行機に爆弾を積んで自動操縦で目標へ向かっていく飛行爆弾で、自動操縦の開発に熱心だったアメリカのスペリー父子が作り、1930年代には旅客機など有人飛行機のパイロット負担軽減用としても実用化されています。

初期のオートパイロットはジャイロコンパスと呼ばれる方位を知る装置と高度計を飛行機の操縦装置に接続、決められた方位と高度から外れないよう舵を操作しながら一定速度で巡航するというものでした。

後に加速度計なども加えた慣性誘導装置を組み込み、誘導電波やGPS信号の助けも得て自分がどこにいるのか、どこへ向かっているのかの把握がより容易になり、離陸から着陸までオートパイロットに任せる事すら可能なレベルに達します。

やがては高度なテクニックが必要とされる航空母艦への着艦すら自動操縦で行う事が可能になり、近年ではUAV(無人航空機)が無人のまま、目標さえ定めれば自動で飛んで攻撃して帰って来る事すら、やろうと思えば当たり前のようにできるのです。

現実にはあまり自動化にばかり頼ると、肝心の時にパイロットがマトモに操縦できる腕前を維持できなくなるためオートパイロットに頼ってばかりではなく、手動操縦による訓練もみっちり行います。

それでもパイロットをむやみに疲労させるより効率化を図った方が良いので、基本的な操縦はオートパイロットに任せ、本来のパイロットは必要に応じて、あるいは離着陸のみ行う事が多いようです。

ただ、飛行機事故の事例を見ているとオートパイロットの設定ミス、故障、パイロットがうっかりオートパイロットを解除して気づかない、パイロットが息子をコクピットで見学させた時に息子に操縦桿を握らせてみたら、たまたまオートパイロット解除の裏コマンドだったなど、信じられない事例が多数。

そうしたオートパイロット絡みの事故は非常に多いので、そのたびにマニュアルの改善や適切な警報を鳴らすなど改良を繰り返してきましたが、それでもまだ完璧なオートパイロットの実現にはほど遠いようです。

それでも飛行機でオートパイロットが早くから発達できたのは、空では地上の道路でジッシリと車が走るのとは違い、オートパイロット任せで飛んでいても衝突事故を起こす可能性が少ないという事情があります。

もっとも、管制塔とのコミュニケーションがうまく取れず、高度の設定を誤って空中衝突事故を起こすケースは後を絶ちませんが、大抵はオートパイロットというより「オートパイロットを過信したパイロットの不注意が原因」とされる事が大半です。

実際、オートパイロット任せで他の作業に没頭し、周囲の監視を怠った結果空中衝突までパイロットが気付かなかったという事例もあり、飛行機のオートパイロットは一般に思われているイメージほど便利なものではありません。

あくまで「パイロットの負担を減らしながら、効率的かつ安全に飛行機を飛ばすための操縦支援装置」がオートパイロットの実態です。

決められた線路を信号通りに走り、無人運転すら可能にした鉄道の自動運転

鉄道の自動運転も歴史はソコソコ古いのですが、日本でATC(自動列車制御装置)が実用化されたのは1960年代、ATO(自動列車運転装置)は1970年代でした。

線路の上を走るだけで飛行機の操縦桿、自動車のハンドルのような『舵を切る動作』が必要のない鉄道では、極端な話発進と停止だけで簡単かつ自動化も容易そうに見えます。

しかし決められた線路の上しか走らないという事は、裏を返せば線路以外へ逃げる事もできないという事であり、まかり間違って同じ線路の反対側から別の列車が迫ってきた日にはとんでもない大事故が。

そこで鉄道ではまず全線で信号機を設け、信号が赤な限りは前に進めない、自動的に止めてしまう装置(ATC)をまず組み込み、信号のみならず危険な速度での走行も抑制するなど、うっかりミスでの事故を減らしました。

ただし2018年10月に台湾で起きた高速鉄道の脱線事故のように、ATCを手動で切って運転していた結果、オーバースピードでカーブへ侵入した挙句横転脱線という大惨事が起こるケースもあります。

日本でも2005年にJR福知山線でダイヤの遅れを取り戻すための『回復運転』と呼ばれる速度超過運転でカーブを曲がりきれず建物に突っ込み多数の死傷者を出す大惨事がありました。

いくら自動的に列車を制御する装置で安全を確保しても、肝心の運転手がその制御を振り切った運転をすれば当然のごとく大事故になるわけで、これは現在の自動車で実用化された『運転支援車』(レベル2自動運転)でも起こり得る話です。

ならばいっそ全線で列車を無人運転させた方が安全、とばかりに鉄道の自動運転装置は早々と実用化され、他の路線が入ってこない、踏切もないような閉鎖的な鉄道では無人運転列車が普通に運行されています。

こうした列車でも朝の始発列車だけは線路の安全確認のため運転手が乗り込んだり、あるいは運転そのものは無人でも、万が一の事態に備えて運転手がのりくんでいる鉄道もあり、完全無人列車とは意外と少ないものです。

そもそも鉄道ではラッシュ時に駆け込み乗車で扉に挟まれたり壊したりといった事故を防ぐため、あるいは車内で急病人の発生、大災害に巻き込まれた際の誘導などで列車を無人にできない事も多いため完全自動運転が良いとは一概に限りません。

そうなると飛行機同様に運転士の腕を維持するため手動運転の必要性も出てきますが、多数の乗客が乗り込む乗り物であれば、自動運転バスなどでも同じ事が言えます。

なお、日本では東京の『ゆりかもめ』や神戸新交通ポートアイランド線などが無人運転を行っていますが、やはり運転士の訓練のため時々手動運転が行われており、運転席がなくなる事もありません。

自動車の自動運転は飛行機や鉄道とどう違う?

ここまで説明した『自動運転の先輩格』な乗り物と、自動車ではどんな違いがあるでしょうか?

最大の違いは走行する場所の環境にあり、自動車が走る道路は他にも走っている車が多数あって目の前で車線変更する事もあれば、渋滞でギッシリした中をノロノロ進む事もあり、さらに歩行者や自転車がうっかり目の前に飛び出してくる事すらあります。

お店に入るため曲がる事もあれば、逆に出てきた車へ割り込まれたり、信号で止められる事も頻繁にある上に、道路工事など路上の作業でさっきまで通れた道が通行止めになったり、車線が狭まる、片側交互通行で本来走らない反対車線を通される事も。

果ては当然の事故で大渋滞が起きたり先に進めなくなったり、最悪の場合その事故に自分が巻き込まれて対向車が正面から突っ込んで来る事だってあるわけです。

あらゆる交通手段と比べてこれほど混沌とした環境は自動車ならではで、例えば1年間、毎日同じ道を全く同じように走れるドライバーなどほとんどいないのではないでしょうか。

そうなるとドライバーには『臨機応変』が求められますし、ドライバーの代わりに機械が運転する自動運転でも、同じように融通をどれだけ効かせられるかという能力が求められます。

飛行機のオートパイロットのように決まった高度と方位へ飛んでいれば、何かミスでもない限り同じように飛べるわけでもありませんし、鉄道と違って走る道路の選択肢が無数にあるため、その中から最適なものを選ぶ必要もあって、自動運転用のAI(人工知能)が考えることは山ほどあるわけです。

おまけに自動運転車ばかり走っているわけではないので、悪意の有無に関わらず非合理な運転をして周囲に迷惑をかける他車もいれば、命知らずの横断者もいて、むしろ交通事故が起きない方が不思議なくらい。

しかもその混沌の中で自動運転車や運転支援車に求められているのは『交通事故を減らす事』なのですから、そのうちAIがストレスで起こり出さないか不安になってきます。

現在実用化されているレベル2自動運転が可能な『運転支援車』が、なるべく混沌としていない自動車専用道路で、しかもセンサーが完全に作動する昼間の天気がいい日限定でしかシステムを作動させられない理由が、この難易度の高さです。

飛行機や鉄道のように整然とした秩序がない分だけ、自動車の自動運転は困難であり、一部自動車メーカーが宣伝するほど便利なシステムにはまだまだなりえません。

自動運転車で夢見る未来は『秩序ある道路交通』

それでも自動車の自動運転を実用化しようと自動車メーカー各社が躍起になっているのは、実用化されて街中に自動運転車が増えれば、現在の混沌とした道路交通が解消される未来を夢見ているからです。

何しろ現状は各ドライバーが理路整然どころか車の性能やドライバーの気分次第で事故を起こさない程度に勝手気ままな運転をしている状態で、前の車と車間を詰めてはブレーキを多用し、後続車もその後続車もブレーキを踏んで後ろになるほどスピードが低下、渋滞の元になっています。

自動運転車の群れが一定の速度と車間距離を保つだけで都市の交通は非常に円滑に流れるという提唱すらあるほどで、単にドライバーが楽をするだけでなく、社会全体を変えようという意気込みと情熱が自動車の自動運転にはあるのです。

もっとも、自動運転車とは無関係に混沌と理不尽を持ち込む歩行者や自転車などの存在もあるため、それらと自動車の分離が歩道の未整備などでうまくいっていない道路では、なかなか理想通りにはいかないかもしれません。