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実は歴史が古い!蒸気自動車やガソリンエンジンと将来を争い、一度は消えた電気自動車

世界中の自動車メーカーから続々と新型車が登場し、まさに『次世代車の本命』となった感のあるEV(電気自動車)。まだまだガソリンエンジンやディーゼルエンジンなど内燃機関を完全に置き換えるには時間が必要ですが、実は自動車が登場したばかりの頃、ガソリンエンジン車や蒸気自動車と『新たな乗り物』の座を争った時代がありました。今度こそ電気自動車はガソリンエンジンに取って代わるのか?かつて消えた理由とは?

19世紀、ガソリンエンジン車よりはるかに早く登場した電気自動車

発明の歴史は時代が古くなるほど「最初は誰か」があやふやになりますが、最初の自動車は一般的に1769年にフランス陸軍用の大砲牽引車『キュニョーの砲車』だと言われています。

これは蒸気機関で動く蒸気自動車でしたがあまりに実用性がなく、何とか使えそうなものが登場したのは19世紀に入ってからの1820年代、乗合バスとしてでした。

最初の電気自動車も同じ頃に発明家や職人によって開発が進められており、1830年代には人間が乗って走れるものが登場したといいますから、蒸気自動車に負けていません。

ただ、初期のバッテリーは化学変化で放電のみ行うため充電できない一次電池(家庭用の充電できない乾電池と同じです)だったため、走ろうと思ったら放電するそばからバッテリーを交換しなくてはなりませんでした。

充電可能な二次電池が登場したのは1859年にフランスのガストン・プランテが鉛蓄電池を発明したのが最初なので致し方ありませんが、1881年には同じフランスのカミーユ・アルフォンス・フォーレが改良を加えて、電気自動車への搭載も可能になります。

現在と同じ『外部からの電力を充電して走る電気自動車』が登場したのは1884年、イギリスのトーマス・パーカーが開発したものと言われ、カール・ベンツが1885年に初のガソリン自動車を開発、1888年に発売するよりちょっと前の事でした。

ガソリン自動車より静粛でパワフル、高速だった電気自動車

ドイツのカール・ベンツやゴットリープ・ダイムラーがほぼ同時期に発明した史上初のガソリンエンジン車はまだ未熟で、エンジンも低速トルクがなかったので1888年にカール・ベンツの妻がドライブした時、自力で急な坂を登れないという問題に直面します。

これは妻のアドバイスを受けたベンツが変速機を追加して解決しましたが、初期のピストンエンジンは振動もひどく、クラッチ操作など運転も習熟が必要なため、さほど歓迎された乗り物とは言えませんでした。

むしろ低速トルクがあるだけ蒸気機関の方が乗り心地も実用性も高く、電気自動車に至っては振動もなく静粛性も勝ったほどです。

しかも、コントローラーで電気を調節するだけでトランスミッション(変速機)を必要とせず、タイヤ側にモーターを取り付けるインホイール式ならハブ(左右の回転数を調整する差動装置)も不要など、部品点数も少ないのでコスト面もメンテナンスも有利でした。

さらに電気自動車は加速性能に優れていたため高速発揮にも有利で、ガソリン車に先駆け1899年には時速100kmを突破します。

この時点で現在の電気自動車と全く同じ特徴を持っていたのは驚きですが、逆に電気自動車反対派(ありは否定派)の人々からは「電気自動車は19世紀から全く発展していない」と言われてしまうのが、ちょっとばかり痛いところです。

進化するガソリン車に対し、電気自動車が持っていた致命的な欠点

しかし、自動車の初期にそれだけ優れた素質を持っていながら、電気自動車は結局、1920年台で息の根を止められた蒸気自動車よりも早く、20世紀初頭には急速に姿を消していきました。

その理由とは大まかに言って2つあります。

・電気自動車は航続距離が短く充電時間は長く、アメリカのような長距離運転が求められる土地では全く使い物にならなかった。

・ガソリンエンジンが急速に進化して軽量ハイパワーになり、短時間でガソリンを補給してどこまでも走れる上に、歴史的名車のフォード『モデルT』などで大量生産技術も確立された。

21世紀の2018年になってもこの問題はまだ完全に解決されたわけではなく、地球温暖化や石油資源の埋蔵量の限界から早期普及を求められるようになっただけです。

電気自動車否定派の人々が言うような「進歩していない」わけではないのですが、ガソリンエンジンも同様に発展している上に、電気自動車はかなり長い間「実用的ではない」とみなされてきたので、進化のスピードで決定的な差をつけられてしまいました。

それでも、初期のガソリンエンジンがまだ低速トルク不足だった頃は、現在のハイブリッドカーと同じように『発進加速の時だけモーターの電気で走ろう』という発想があり、実際に低速ではモーターで、高速ではガソリンエンジンで走る車が市販されています。

しかしこれはバッテリーを積まずエンジンを発電機として使うため、厳密に言えば今ではハイブリッドカーと認められず、『ガスエレクトリック方式』(ガソリンエンジンで常時発電していないと走れないため、実質ガソリンエンジン車)として区別されるようになりました。

それもガソリンエンジンが進化すると不要になったため1920年台で廃れ、モーターで動く車というのはよほど静粛性が求められる早朝の牛乳配達車や、重すぎてモーターの低速トルクなしには動かせない超重戦車くらいになります。

それすらもやがてガソリンエンジンやディーゼルエンジンの発展で不要とされていき、いつしかモーターで動くのはゴルフカートや遊園地のゴーカートくらいになっていったのです。

日本で戦後短期間のみ主流になりかけた電気自動車

ただし日本に限って言えば電気自動車が独特の発展を遂げた時期がありました。

第2次世界大戦に敗北した1945年、軍需工場の停止と発電/送電網の復旧で電力供給が安定する一方、進駐軍によってガソリンの供給が成約されていた日本では、戦時中の木炭車に変わる次世代自動車として電気自動車が注目されます。

やがて、戦後一時期禁止されていた1947年に乗用車の生産が限定的ながら認められるようになると、旧立川飛行機系のたま電気自動車(後のプリンス自動車)が電気自動車『たま号』シリーズを発売したのです。

ただし戦後すぐの貧しい頃はガソリンを統制されなくとも一般庶民は自動車など所有できませんし、ほとんど公用車かタクシー、あるいはトラックやバス需要だったので、トヨタや日産は普通にガソリンエンジン車を作っていました。

しかも1950年に朝鮮戦争が勃発すると、進駐軍は日本でのガソリン統制を廃止するとともに、軍需物資として大量に必要とされた鉛の価格は高騰、電気自動車用の鉛蓄電池の価格が10倍に跳ね上がる有様ではたまりません。

たちまち『たま号』は競争力を失い、たま電気自動車はガソリンエンジン車メーカーへの転身を図って、戦後の電気自動車時代はほんの短期間で終わってしまいました。

その後日本では1960年代から顕著になった公害問題への対応として、トヨタがガスタービンエンジンのハイブリッド車を作ったり、ダイハツがゴルフカートの経験を活かした軽EVを開発したりするものの、本格的な市販化へ結びつくのはもっと後の話になります。

1980年代のニッケル水素電池、1990年代のリチウムイオン電池で近代化

世界的には1960年代から1970年代にかけ、排気ガスによる公害問題やオイルショックによる石油価格の高騰などの要因から電気自動車、あるいはハイブリッドカーの研究が進みますが、19世紀以来の鉛蓄電池を二次電池として使っているうちは、本格的な発展は見込めませんでした。

1970年代後半から使われ始め、1980年代後半には自動車へも搭載できるサイズになったニッケル水素電池や、1990年代に入って登場したリチウムイオン電池によってようやく小型軽量高出力な新時代バッテリーに目処がつきます。

1980年代後半にはアメリカのカリフォルニア州で、自動車メーカーに対して有害物質を排出しないゼロ・エミッション・ビークル(ZEV)の販売を一定数求める『ZEV法』構想が発表され、一気に電気自動車時代が到来するかに思われた時代もありました。

それによってトヨタ(RAV4 EV)やホンダ(EV Prus)、GM(EV1)がそれぞれ開発した電気自動車のリース販売を開始しますが、高価な割に短い航続距離、長い充電時間といった20世紀初頭以来の問題はまだまだ解決しておらず、ZEV法そのものが挫折してしまいます。

しかしZEV法をキッカケに電気自動車の開発が加速したのは確かで、2000年代末にリチウムイオン電池を使った本格的な量販実用車がついに登場しました。

テスラと三菱、日産から始まった、100年ぶりの電気自動車時代

口火を切ったのは現在もアメリカの電気自動車専門メーカーとして著名な『テスラ』で、2008年に同社初の量産電気自動車『テスラ・ロードスター』を発売します。

ただしこれはロータス エリーゼをベースに電気自動車化した2シーターオープンスポーツであり、テスラの完全オリジナルとも実用車とも言えない、実験的なモデルであり、高価で現実的とも言えませんでした(日本での発売価格は1,810万円)。

大人4人が乗れる実用的な本格量産電気自動車となったのは、2009年7月にリース販売を、2010年4月に個人向け一般販売を開始した軽乗用車の三菱 i-MiEVで、車両本体価格398万円、補助金を受けても284万円は軽自動車としては高いものの、現実に買えそうな価格です。

EV専用車としては2010年12月に発売された初代日産 リーフが国産車としては初で、車両本体価格376万4,250円、補助金交付で298万4,250円。

満充電走行距離はi-MiEVで120km、初代リーフでも200km(いずれも発売当初)と遠出に使うには物足りなかったものの、30分でバッテリー容量が80%程度まで回復する急速充電が実用化されていたため、実用性は大きく向上していました。

テスラも2012年に高級4ドアセダン『モデルS』を発売、満充電走行距離は最低でも400kmと十分でしたが日本での価格は1,000万円以上で、やはり十分な性能を持たせると高価格になるのがネック。

2010年代後半になるとようやく価格面と性能の折り合いがつき、2017年10月に発売された2台目日産 リーフで満充電走行距離400kmを実現しつつ価格は315万0,360円からと格段にコストパフォーマンスが向上し、ガソリン車と遜色のない月販台数を誇る人気モデルとなりました。

2019年後半にはテスラの普及版小型4ドアセダン『モデル3』が日本でも納車開始、約418km走れるモデルで車両本体価格は約519万円ほどとなり、ようやく十分な性能と価格の釣り合いが取れた電気自動車を購入できる時代が到来しようとしています。

今後は電気自動車や、ハイブリッド車ながら外部充電で長距離EV走行も可能なPHV(プラグインハイブリッド車)の急増に対して、充電スタンドの数が不足しないためのインフラ整備や、充放電を繰り返しても劣化が少ないバッテリー開発が課題です(もちろん現実的な価格で)。 100年ぶりに到来した電気自動車時代、今度は失速せずに続くでしょうか?