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史上最強のライトバン?「マツダ・サバンナロータリーバン」は実在した!

高速道路を走る車の群れ、それを切り裂くように超高速で突き進む槍のようなスーパーカー…ならぬライトバン。最近はあまり見なくなりましたが、かつての日本ではよくある光景で、空荷で軽量、実用トルクが高く加速性能に優れ、長いルーフで空力パーツなしにも強力なダウンフォースを得られるライトバンは、日本が生んだスポーツカーの1つかもしれません。そこにさらに強力なエンジンがあれば…というわけではありませんでしたが、1970年台に低公害エンジンとして注目されたロータリーエンジンを積んだ伝説のサバンナ・バンは実在しました。

ロータリー王国マツダが、あらゆる車へロータリーエンジンを積んだ時代

ロータリーエンジンの利点としてよく語られる『小型軽量、高回転高出力であらゆる燃料との相性にも優れた夢の未来型エンジン』ですが、ピストンエンジンの発達は基本的に構造が単純なロータリーエンジンの進化速度を上回り、むしろ過去の『都市伝説』にしてしまいました。

熱効率で劣るため高出力とは言えず、冷却機構など補機類が大掛かりになるためパワーユニット全体では小型軽量とも言えず、ピストンエンジンでもより高回転型が可能になり、低回転の実用トルクが高い高効率エンジンという面で劣り、燃料に至ってはインフラ整備を要する新燃料など厄介なだけです。

2010年代も終わろうとする今となってはロータリーエンジンを主動力とするスポーツカーなど新たに登場する気配もなくなり、低振動低騒音といった残る特性を活かし、産業用やレンジエクステンダーEV(発電機で航続距離を延長する電気自動車)用の発電機としてのみ、将来も存続しようとしています。

しかし、西ドイツ(当時)で1964年に世界初のロータリーエンジン搭載市販車、NSU・ヴァンケルスパイダーが発売され、1967年に世界初の2ローターロータリーエンジン搭載市販車、マツダ・コスモスポーツが発売された頃は、まだまだ性能の低かったピストンエンジンに比べて、ロータリーははるか未来からやってきたようなエンジンだったのは確かです。

国産車メーカーでいちはやくロータリーの実用化に成功したマツダは、コスモスポーツに続き大衆車のファミリアにもロータリーを搭載して以降、あらゆる市販車へロータリー搭載車を設定していき、大はマイクロバス(パークウェイ・ロータリー26)から小は軽乗用車(シャンテ…ただし市販は実現せず)までのロータリー王国を実現しようとしていました。

低公害エンジンとしても注目されたロータリーエンジン

当初は小排気量(10Aロータリーで491cc×2)ながら高出力、コンパクトなためエンジンルーム奥深くの車体重心近くへ低く搭載できるスポーツカー向けエンジンのように見られていたロータリーエンジン。

ヴァンケルスパイダーやコスモスポーツといったスポーツカーが最初の搭載車に選ばれたこともそのイメージを強めていましたが、振動や騒音が少なくスムーズに高回転まで回ることから、高級車へ採用される一面もありました(ソ連の高級車やマツダ・ルーチェロータリークーペ、マツダ・ロードペーサー)。

さらに1970年代になる頃には自動車の台数増加、高出力化のため燃料を多く燃やしては大量に発生するNOx(窒素酸化物)による公害問題が深刻化し、アメリカのマスキー法をはじめとする、当時としては非常に厳しい排ガス規制が施工されようとしていた時代。しかしロータリーエンジンは小さい排気量で高出力を発揮するため出力の割にNOxが少ないという利点がありました。

ロータリーの実用化技術で先んじていたマツダはさらにNOxを減らすべくリーンバーン(希薄燃焼)化、不完全燃焼で増加するHC(炭化水素)やCO(一酸化炭素)はサーマルリアクター(二次空気導入装置)で再燃焼させ、当時としては非常にクリーンなエンジンとされたのです。マツダは低公害型ロータリーエンジンを『AP(アンチポリューション)』シリーズとして大々的に展開し、さらにロータリー王国を強化しようとしていました。

サバンナ・スポーツワゴンと幻に終わった商用車版サバンナ・バン

そんな中、1971年9月にマツダはミドルクラスの『カペラ』と小型大衆車『ファミリア』の中間的車種『サバンナ』および『グランドファミリア』を発売。両車は基本的に同じボディでしたが、グランドファミリアはピストンエンジン専用車、サバンナはコスモスポーツおよびルーチェロータリークーペ以来となるロータリーエンジン専用車でした。

当初サバンナはファミリアロータリークーペと同じ10Aロータリーを搭載していましたが、後にカペラと同じ12Aロータリー(573cc×2)を搭載した『サバンナGT』を追加、初代日産・スカイラインGT-R2ドアHT(KPGC10)を圧倒する主力マシンとしてレースも席捲する実力を見せたのです。ボディタイプは4ドアセダンと2ドアクーペのほか、5ドアステーションワゴンの『サバンナ・スポーツワゴン』を設定。

1989年にスバル・レガシィツーリングワゴンが登場する以前の5ナンバー(乗用車登録)ステーションワゴンは、4ナンバー(商用車登録)ライトバンの上級グレードのような扱いで、あまり人気がなかった時代ですから、1972年1月のサバンナ・スポーツワゴン発売は当時としてかなり異例の事です。もちろん動力性能はロータリーエンジン搭載ですからサバンナ・セダン/クーペ譲りで、日本初のスポーツワゴンでした。

ただし当時の日本では1960年代後半からのモータリゼーションで『一家に一台マイカー時代』が到来していたとはいえ、まだまだ会社で使っているライトバンを休日は持ち帰って自宅でマイカーとして使ってもいいよ、という時代です。

ファミリーカー兼用のライトバンやピックアップトラックすらまだ存在した時代でしたから、ステーションワゴンといってもライトバンより後席が少々広くて豪華、座り心地もいい程度であり、サスペンションもライトバンと同じだったのでお世辞にも快適性が優れているとはいえない車が多かったものでした。

そんな時代に同型のライトバンを持たないワゴン専用(厳密にはグランドファミリアにライトバンはあった)の『サバンナ・スポーツワゴン』はかなり異色の存在ですが、実は商用車登録の『サバンナ・バン』が存在したことは、あまり知られていません。

わずかながら型式も登録され、実用に供されていたサバンナ・バン

サバンナ・バンは現存している車が皆無であり、写真なども確認されておらず、さらにサバンナスポーツワゴンが『(実質的に)サバンナのライトバンである』と紹介されてしまうことが多いため、昔から存在するとは言われていたものの、証明する資料はほとんどありません。

数少ない資料としてよく引き合いに出されるのがロータリーエンジンを得意とする岡山県高梁市の『オークラオートサービス』がHPで紹介しているロータリーエンジン搭載車のリコール情報ページで、1977年12月1日に届出されている『リコール情報162』(http://www.okura-auto.co.jp/rw/recall/162.html)では、『サバンナバン』という通称名とともに、型式『S124V』が紹介されており、サバンナバンが実在するとともに、スポーツワゴンの改造車ではなく正式に型式証明も取得していたことがわかります。

車台番号は『S124V-100006~100060』で、おそらく100006より前は号口(ごうくち)などと呼ばれる試作車。他サイトなどで検証されている登録台数は49台とされており、車台番号上は54台が存在することになるため誤差が生じていますが、通常量産された自動車の初期数台は運輸省(現在の国土交通省)で各種試験に供されるため、5台は運輸省へ納入されたまま登録されなかったと考えられます(中には運輸省から返還された個体を登録したようなケースも散見されますが)。

『リコール情報162』での製作期間は昭和48(1973)年4月25日~昭和52(1977)年3月21日となっており、他サイト検証でも昭和48(1973)年に34台、昭和52(1977)年に15台が登録されているようなので、1972年1月のサバンナ・スポーツワゴン発売後、1973年6月にサバンナへAP版12Aを搭載したバンも発売しようとしていたのでしょうか。

なお、登録されたサバンナ・バンは当時AP(低公害仕様)に5速MTの設定がなかった関係で全てREマチック(3速AT)だったと言われており、広島県内の官公庁、あるいはマツダの社用車として使われたという説が有力です。

本格量産・市販されなかったのは、やはり燃費ゆえか?

しかしサバンナ・バンは結局1978年にサバンナが廃止されるまで市販されることはなく、幻の存在となってしまいました。

それだけなら海外輸出のみで日本では市販されなかったロータリーピックアップ(輸出版プロシード輸出版のロータリー搭載車)や他のロータリー搭載試作車・実験車同様に、わざわざナンバーをつけてまで日本の公道で走らせる意味はなかったのでは?とも思います。単にメーカーの社用車としてなら試作止まりの車が登録されて使われるケースは結構あるものの、メーカー以外で使われたとなればなおさらです。

しかしそこでヒントとなるのはユーザーが官公庁だったということで、現在もあまり一般的とはいえないFCV(燃料電池車)や天然ガス車などが、低公害車のアピールのため官公庁で使われるのと同じ扱いで、サバンナ・バンも『官公庁の低公害アピール車』として使われたのではないでしょうか。

そしてそれ以降市販されなかった理由は、やはり実用車としてはあまりに燃費が悪く、第1次オイルショック(1973年)以降は「アメリカンV8エンジンより燃費が悪い車」とアメリカの自動車関連当局からも酷評されてしまった事実が全てと思われます。

仮に1973年6月に発売されたとしても、同年10月の第4次中東戦争で始まったオイルショックにより、短命で終わったのは間違いなく、その後官公庁から払い下げられて生き延びることなく現存しないのも同じ理由かもしれません。

かくして史上唯一のロータリーエンジン搭載ライトバンは幻となり、1974年7月に市販されてわずかなりとも販売された(44台と言われる)マイクロバス『パークウェイロータリー26』のように珍車として後世に実働車が残ることもなく終わりました。

野に打ち捨てられた通称『草ヒロ』レベルでも現存しないとなると、官公庁での使用後にマツダが回収、全て処分してしまったのでしょうか?