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伝説のフレンチスーパースポーツ復活の狼煙!アルピーヌ

伝説のフレンチスーパースポーツ復活の狼煙!アルピーヌ

歴史的名車、A110とともに復活したフランスのアルピーヌ。どんな国の自動車メーカーでも大抵はそのモータースポーツワークス兼ご用達チューナーがあるものですが、フランスのルノーでそれに該当するのがアルピーヌでした。1970年代はじめまでのラリーやレースで活躍後、初期のWRCでもA110を初代王者にするなど大活躍したアルピーヌでしたが、21世紀に入って再びフレンチスポーツの魅力を再発信しようとしています。

『ジェントルマン・ドライバー』ジャン・レデレがルノー車に見出した可能性

1950年、フランスでもっとも若いルノーディーラーがルノー・4CVでラリーに出場しました。後に『ジェントルマン・ドライバー』と呼ばれて幾多の人々の記憶に残る事となるカリスマ、彼の名はジャン・レデレ。

彼が独自にチューニングしたマシンはやがて1954年の『クーペ・デ・アルプ』(アルペンラリー)で初優勝し、それを記念して翌1955年に立ち上げたチューニング・ガレージは『アルピーヌ』と名付けられました。

当時のフランスは第2次世界大戦で1940年に一度はドイツに占領されたとはいえ、1944年に連合軍によって奪還、自由フランス軍によって首都パリも解放し、戦後設立された国連(国際連合)では戦勝国として名を連ね、世界5大国の一員となった頃。

一度は深く傷ついた国威を発揚すべくフランス全体が一丸となっていて、自動車産業もかっての自動車王国の座を取り返すべく、戦前や戦時中も密かに開発が続けられていた新型車、戦後改めて開発された近代的な大衆車などがゴロゴロとデビューしていました。

ジャン・レデレはそんなフランス車、ことに自身がディーラーでもあったルノー車の小型軽量・近代的構造にラリーやルノーでの可能性を見出し、さらに軽量で空力に優れたボディや、オリジナルの3速に代わる5速マニュアルミッションを組み合わせれば、より高い成績を残せると信じていたのです。

5速MTやアルミボディのオリジナルマシンによってル・マンやセブリングの耐久レースでも成果を上げた彼は、『アルピーヌ』設立後に自動車用ファイバーグラス(ガラス繊維)の先駆者でもあったチャップ兄弟と協力し、ルノー4CVのプラットフォームをベースとした新型クーペ、アルパイン『A106』が1955年に登場しました。

ルノーからの支援を受ける事に成功

A106は当初一般発売モデルではなく、あくまでモータースポーツで活躍してルノーからの支援を受けることを目的にしていました。

1989年に設立されたルノーは当初からレースなどモータースポーツへ積極的に関与していましたが独立したモータースポーツ部門を持っていたわけではなく、ルノー車を得意とするチューナー頼み。

そのためジャン・レデレの『アルピーヌ』など新興チューナーにもルノーから支援を受けるチャンスがあり、1955年夏にロールアウトした初期のA106の1台は、当時のルノーCEOピエール・ドレイファスに贈られるとともに、早速ミッレ・ミリアなど大レースへの参戦を始めて多数の勝利をルノーの前に積み上げました。

同時期、1930年以来の付き合いだったシムカを見限った老舗チューナー、ゴルディーニも1956年にルノーと提携して4CVの後継車ドーフィンをベースとしたチューニングカーを開発しており、ルノーの高性能バージョンとモータースポーツはアルピーヌとドーフィンが両輪となって、ルノーのスポーツイメージを高めていったのです。

A106とA108の成功

1957年にはA106のロードバージョンがパリ・サロンで発表され、レースで活躍したクーペの他にカブリオレも設定、エンジンは4CVと同じ排気量の747c直列4気筒OHVでしたが、キャブレターや圧縮比の違いで3種類の異なるバージョンが設定され、ホットモデルは40kg軽い車重に43馬力エンジンを搭載していました。

後にドーフィン用の904ccエンジンやパイプフレームを導入したバージョンも登場、1961年までに650台が生産されてアルピーヌ初期の成功作となります。

モータースポーツでも販売面でも成功して、レーシングコンストラクターおよび自動車メーカーとしての基礎を確立したアルピーヌは、続けて1959年のパリ・サロンで第2作のA108を発表。

ベースはドーフィンに代わりましたが、プラットフォームそのものが強度を持つセミモノコック構造の4CVと違ってフルモノコックのドーフィンでは単に軽量ボディを被せればよいという手法はできません。

そのため丸鋼管によるバックボーンフレームに軽量ボディを載せ、パワートレーンやサスペンションのみ流用する形となって、ゴルディーニのように市販車チューンというよりはアルピーヌ独自開発マシンに近くなりましたが、この手法は後のA610までアルピーヌのスタイルとして踏襲されています。

クーペ版『ミッレ・ミリア』、オープンスポーツ版『カブリオレ』、カブリオレをクローズドボディ化した『ベルリネッタ』の3種類が発売されたA108は前作に続いて成功作となり、ブラジルでも同国初のスポーツカーとして生産されました。

A106はまだ洗練されきっていない印象でしたがA108の低く鋭いボディは現在の視点で見ても優雅でスタイリッシュであり、後のA110もよく似たデザインです。

ラリーで暴れまわり、WRC初代王者となったA110

1961年、ドーフィンの後を継ぐルノー8(ユイット)にベース車を切り替えたA108後継車、A110が発売。ベース車の大型大排気量化でもはやA108以前のように軽量コンパクトな845~998ccエンジンを積む事はなくなり、フロントセクションこそA108のデザインを踏襲したものの、大型エンジン搭載を考慮されたリアセクションは大幅に設計変更されました。

実際、初期は1.1~1.3リッターエンジンからスタートしたものの、後のラリー用スペシャルモデルまで含めれば最大1.8リッターまでのエンジンが搭載され、さらに戦闘力を増したA110はラリーフィールドで存分に活躍する事となります。

特にまだFIA(国際自動車連盟)の下でシリーズ化される以前だった世界各地の国際ラリーでは軽量小排気量車が規則上有利な事が多く、そのものズバリで旋回性能が高く、トラクション性能も有利なRR(リアエンジン・後輪駆動)レイアウトのA110は1960年代から1970年代初頭の国際ラリーを席捲しました。

そして1973年、各地のラリーが世界タイトルのかかったWRC(世界ラリー選手権)シリーズへ統合されると、A110は初戦のモンテカルロ・ラリーをはじめ6勝を挙げ、アルピーヌ・ルノーは初代マニュファクチャラー・チャンピオンへ輝いたのです。

もっとも、あくまで1960年代が全盛期だったA110が大活躍できたのはそこまでで、翌年以降A110や最新のA310はフィアットやランチア、フォード(特にランチア・ストラトス)に対抗できなくなります。

FFのルノー5アルピーヌや、MR(ミッドシップ・後輪駆動)化したルノー5ターボで上位入賞、あるいは数度の優勝を獲得するも、アルピーヌは次第にラリーから遠ざかっていきました。

ゴルディーヌともどもルノーへ吸収され、『ルノースポール』へ

1960年代までアルピーヌやゴルディーニにモータースポーツ活動を託していたルノーでしたが、1969年にはゴルディーニを、1973年にはアルピーヌもルノーに買収されて傘下に収まり、引き続きルノーのモータースポーツ活動や高性能車開発を続けます。

1976年には事実上アルピーヌを母体に改名した『ルノー・スポール』が設立されてゴルディーニを吸収、『アルピーヌ』ブランドはその後も存続して高級大排気量スポーツ路線へ転じたA310、A610を生産・販売するも、相変わらずRRレイアウトの軽量マシンながら3リッターV6ターボのハイパワーマシン、A610ターボが1995年で生産終了したのを最後に、『アルピーヌ』ブランドは消滅しました。

ただ、ルノースポール設立後もアルピーヌは前述の通りラリーで活躍するマシンを送り出したほか、ル・マン24時間レースでは1978年にプロトタイプレーシングカーのA442Bが『耐久王』ポルシェを抑え総合優勝するなど、耐久レースでも活躍。

市販車からアルピーヌの名が消えた後も、ライトウェイトオープンスポーツ『ルノースポール・スピダー』や、5ターボを思わせるミッドシップマシン『クリオスポール』、コンパクトカーのハットハッチ版『クリオRS』や『トゥインゴRS』など、アルピーヌ部門は数多くの市販車を手がけています。

アルピーヌ復活へ!帰ってきたA110

さらに1990年代末期以降、ビートルやミニ、フィアット500、フォードGTなど世界各地の自動車メーカーで『歴史的名車』を現代風に解釈したセルフリメイクモデルが大衆車、スポーツカー問わず流行となる中、21世紀に入るとアルピーヌへも復活の期待が高まります。

実際2007年に一度は『2010年にアルピーヌ復活』がルノーから正式にアナウンスされるも2008年のリーマンショック世界恐慌で頓挫。ただし完全にあきらめられたわけではなく延期されながらも復活プロジェクトは存続し、2013年にはLMP2クラスレーシングカー『アルピーヌ450』で35年ぶりにル・マン24時間レースに参戦。

そして2017年、ついにセルフリメイク版『A110』とともに、市販スポーツカーにも『アルピーヌ』の名が帰ってきたのです。

かつてポルシェ911などにも対抗するようなリアエンジンの2+2スポーツから、ミッドシップの2シータースポーツに代わっていたとはいえ、その姿はまさにA110そのものであり、メガーヌ・ルノースポールと同系統の1.8リッターターボエンジンを搭載しつつ1,110kgに収められた車重は、2010年代のスポーツカーとしてかなりの軽量マシンなことも、伝統を受け継いでいます。

もちろんアルピーヌの復活劇はA110で留まる事はない模様で、現代のスポーツカーと言えるSUVを開発中と言われているほか、内燃機関のみの車がいずれ販売できなくなるヨーロッパ事情を鑑みて、いずれEVスポーツなども登場するでしょう。復活の狼煙を上げたアルピーヌの新たな歴史は、まだまだこれからです。