スーパーカー

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アメリカン・マッスルカーの情熱は間違いなくスーパーカー!

スーパーカーといえば大抵はヨーロッパのメーカーであり、そこに数少ない国産スーパーカーが入ると、残りはマイナー扱いとなってしまう事が多いように思います。しかしそこで不思議なのが世界最大の自動車大国アメリカの車がスーパーカーとしてなぜあまり紹介されないのか?です。「アメ車はマッスルカーとして別枠なんだよ」と言われればその通りなのですが、ここはあえてスーパーカーとして紹介させてください。

超パワフルな毒ヘビ、ダッジ・バイパー

後述のコブラやフォードGTと並び、アメリカンスーパースポーツで最も有名なのはFCA(フィアット・クライスラー・オートモビル)のクライスラー部門スポーツブランド『ダッジ』が誇った、ダッジ・バイパーでしょう。

日本に正規輸入されたのはクライスラー・バイパーとして輸入された初代モデルだけでしたが、一瞬かつてのヨーロッパ車にありがちなロングノーズ・ショートデッキの古典的スポーツカースタイルと思わせておいて、その躍動感あふれるボディラインは明らかにアメリカンスタイル。

車名の由来となった毒蛇を思わせる獰猛さは『エレガント』や『流麗』『優美』といった言葉が似合うなまめかしいボディラインとも、カクカクして突き刺すようなウェッジシェイプとも異なり、砂漠で出会えば襲い掛かってからみつかんばかりです。

しかも搭載されたエンジンは元々フルサイズ・ピックアップトラック『ダッジ・ラム』用をチューンナップした450馬力の8リッターV10OHVエンジンで、DOHCエンジンよりはるかに低い寸法を活かし、ボンネットもひどく低く抑えられています。

これで2017年まで販売されていた最終モデルでは8.4リッターまで拡大、約650馬力、最大トルク83kgfを発揮する化け物じみたスーパースポーツになっていたのですから、さすがアメリカ人、やる事が豪快だと言わざるをえません。

なお、バイパーにはアメリカで多数のファンがいて、価格も量産車らしく数千万・数億とするスーパーカーほどではないため記念モデルや限定モデル、特別なカラーなど発売されるたび買い求め、1人で何十台とバイパーを所有するマニアもいるそうです。

ロータスの皮を被ったアメリカンマッスルカー、ヘネシー・ヴェノムGT

なんだイギリスのロータス・エキシージじゃないか?と思うのは少々早とちりで、確かにエキシージをベースにしているとはいえ、これはアメリカのチューニングカーメーカー『ヘネシー・パフォーマンス』がGMの7リッターOHVエンジンをツインターボ化して搭載した『ヘネシー・ヴェノムGT』です。

その最高出力たるや1,244馬力で、ベースとなったエキシージが最新モデルでもせいぜい350馬力の3.5リッターV6スーパーチャージャーなのを比べると3倍以上!それでいて車重増加はわずか60kg程度に収まっていますから、最近のライトウェイト・オープンスポーツはパワフル志向とはいえ、もはや別次元のスーパーカー。

この軽量ボディでそこまでパワフルにしたら、ホイルスピンでマトモに走らないのでは?と思ってしまいますが、エンジンは3モードに切り替え可能でそれぞれ800馬力、1,000馬力、1,244馬力の最高出力と、それに合わせたエンジン特性に変更されます。

それにしても最もマイルドな800馬力モードでもエキシージの倍以上ですから、数値だけ見ているとトンデモないジャジャ馬にしか見えず、ユーザーはヘネシーのテストドライバーから1日サーキット講習を受けるというのも納得。

2014年にはケネディ宇宙センターで最高速度435.31km/hを記録し、条件を満たしていないためギネス認定こそされなかったものの、当時の2シータースポーツ世界最高速であり、アメリカ合衆国の国旗を高々と揚げて走る姿は現在もヘネシーのHPに掲載されています。

なお、ヴェノムGTは2017年に生産を終え、2019年5月現在は2019~2020年中のデリバリーを予定して後継のヘネシーオリジナルスーパーカー、ヴェノムF5を生産準備中です。

F5では公称最高速度484km/h、さらに500km/hにもチャレンジすると言われていますが、問題は航空機の離着陸速度すら超えるそんな超高速に耐えうるタイヤがまだないということで、最高速チャレンジは技術の粋を集めたタイヤ(おそらくミシュラン製)が登場するまでお預けとなっています。

間違いなく世界で最もスリリングな車の1台、シェルビー・コブラ

これも元はイギリスのACカーズが1953年から作っていたオープンスポーツ『AC・エース』でしたが、2~2.6リッターの比較的おとなしいエンジンを積んでいたエースにアメリカ人レーシングドライバーでありカーデザイナーでもあったキャロル・シェルビーがフォード製4.2リッターV8エンジン搭載を提案、『AC・コブラ』が誕生します。

エンジンに合わせデフやブレーキなどを強化したコブラは目論見通り素晴らしい戦闘力を発揮、さらなる過激さを求めて6.3リッターV8エンジンを搭載するも、サスペンションを強化してもコントロールが難しい悪魔的なパワーに乗りこなせるドライバーは少ないほど超過激なマシンへ。

さらなるサスペンションの強化などで7リッターV8エンジンすら搭載するようになり、イギリスの高速道路で敢行したテスト走行では1964年当時の市販車としては驚異的な最高速298km/hを記録、「イギリスの公道で速度制限が設けられたのはコブラのため」とすら言われます。

しかしコブラの過激さとレースでの栄光とは裏腹にACカーズの経営は悪化して1970年代後半に事実上倒産、シェルビー・モータースがコブラの権利を得てアメリカで生産するようになり、名実ともにそこからコブラはアメリカ車となりました。

以後もコブラの生産は続き、シェルビー・アジアのHPによれば2019年5月現在でも新車の購入が可能で、かつ多くのリプロダクションモデル(レプリカ)が世界中で生産されています。基本的には1960年代に基本が確立された軽量ハイパワーの怪物という点は変わっていないため、世界でもっともスリリングな自動車の1台と言えるかもしれません。

打倒フェラーリに執念を燃やした名車の再来、フォード・GT

1960年代、フェラーリの買収に失敗したフェラーリが自らの威信をかけル・マン24時間レースなどでフェラーリに勝利すべく開発、目的を見事に達成した歴史的名車、フォード・GT(通称『GT40』)のリメイク版として2005年に登場したアメリカン・スーパーカー。

その歴史的経緯から、ヴェノムGTやコブラと異なり純アメリカ製にも関わらずヨーロピアンスポーツ的なルックスで、5.4リッターV8DOHCスーパーチャージャーをミッドシップに搭載していました。

初代モデルのルックスはまさに1960年代のフォード・GTそのものでレースでも活躍しまたが、2016年に登場した2代目はさらなる栄光を求めて空力的リファインを加え、3.5リッターV6DOHCツインターボエンジンを得て、近代的なヨーロピアンレーサー風になっています。

2016年のル・マン24時間レースGTEクラスでは50年前のフォード・GTと同じくフェラーリを破ってクラス優勝しており、2019年5月現在も新車販売されているアメリカ車の中ではもっともアメリカン・マッスルカーから遠いところにいる純粋なスーパーカーです。

車の速さは本物だが、仕事が遅々として進まないベクターが売却したWX3

1960年代のフォード・GT的なレーシングカーを除き、市販アメリカン・スーパーカーの元祖と言われるベクターが設立されたのは1971年。しかしアメリカ人は輸入車はともかくアメリカ製スーパーカーによほど興味がなかったのかスポンサーが集まらず、慢性的な資金不足に悩まされていたベクターがようやく実走可能なプロトタイプモデルW2を発表で来たのは1979年になってから。

その後も資金の目途が立たず、さらに月日は流れて1988年、創業17年にしてようやく初の市販モデルW8の発表にこぎつけたというのですから、自動車メーカーとしての歩みは本当に遅々たるものでした。

とはいえ650馬力の6リッターV8OHVツインターボをミッドシップに積むW8の実力は本物だったらしく、推定された最高速度354km/hのところ、実際にポンネビル塩湖(乾季に長く平坦な直線路が現れるため、よく最高速アタックに使われる)でテストしたところ、予想をはるかに上回る389km/hに達し、間違いなく当時世界最速のスーパーカーだったのです。

ただし北米の法規に合わせた改良で2年も時間を費やして実際に発売できたのは1990年、生産設備に充てる予算もなかったのか生産は非効率なハンドメイドで、その後3年間に生産できたW8はわずか19台と、まるで第2次世界大戦中、個々の機体の性能はともかく生産遅延で定評のあった航空機メーカー、ブリュースターのごとき仕事ぶりでした。

結局その後も写真のWX3を含めいくつかのスーパーカーを開発しますが、経営が悪化しては親会社を転々として1999年には一旦消滅、2006年に再興して新型車『WX8』を開発しますが、2018年になってWX8を市販するための費用捻出のため2台のWX03プロトタイプ売却を発表、相変わらず資金難のままズルズルと存続しています。

日本でもGT選手権でおなじみだった、モスラー・MT900

前述のベクターが資金難で苦労しつつW8を開発していた頃の1985年、ウォーレン・モスラーが設立した『コンスライアー』もアメリカンスーパーカーを目指しました。

こちらはベクターと違って資金のアテがあったのか、ちゃんとレースで活躍したためか最初のモデル『コンスライアー・GTP』は何か奇妙な形ながらちゃんと生産・販売され、1993年に自動車部門を『モスラー・オートモティブ』として分社化した後も、GTPを『イントルーダー』や『ラプター』と改名しつつ2000年頃まで生産していたようです。

より近代的でル・マン24時間レースなどメジャーレースにも出てきそうなミッドシップ・スーパーカー『モスラーMT900』が登場したのは2001年で、同年から2012年までレーシングバージョンのMT900RやMT900Mが日本の全日本GT選手権(JGTC)/スーパーGT選手権GT300クラスにも出場したので、日本にも意外と縁があります。

市販型(ロードバージョン)のMT900は当初GMの5.7リッターV8エンジン(350馬力)を搭載し、最終モデルではスーパーチャージャーによる過給を加え600馬力を発揮するなかなかパワフルなマシンでした。

しかし2011年に工場が閉鎖されるまで生産されたモスラー車はコンスライアー・GTPを含めわずか数十台とも言われており、少量生産スーパーカーの域を出ることがかなわぬまま2013年にモスラー・オートモティブは売却・消滅してしまったようです。