スーパーカー

複数業者からのしつこい営業電話がない、買取入札

  • メールアドレスだけの匿名登録なので個人情報が守れる
  • あなたの車に複数業者がおよその買取額を提示
  • 一番高い買取額を提示した業者だけに個人情報を送信

かつてのジェームス・ボンド御用達、大英帝国のスーパーカーメーカー、アストンマーティン

かつてのジェームス・ボンド御用達、大英帝国のスーパーカーメーカー、アストンマーティン

イギリスのスーパーカーメーカーといえば近年は新興メーカーであるマクラーレンの存在感が際立っていますが、現在でもイギリスを代表するような歴史と伝統にあふれたスーパーカーメーカーは、やはりアストンマーティンでしょう。映画『007』シリーズでも長らくジェームス・ボンドの愛車として活躍しつつも一時はブランド存続の危機という時代さえありましたが、現在も存続して日本でも数は少ないものの馴染み深いブランドとなっています。

大メーカーこそなくなったものの、少量生産スポーツカーに強いイギリス自動車産業

かつてのイギリスといえば黎明期の自動車先進国であり、数多くの自動車メーカーが乱立する自動車王国でもあって、2度の世界大戦でも多くが軍需生産に転換してイギリスの戦争遂行能力を工業力の面で支えるほどでした。

しかし第2次世界大戦で戦勝国に名を連ねたとはいえ、長い総力戦ですっかり経済的に疲弊しきった大英帝国の自動車メーカーは単独での存続が難しくなっており、合併を繰り返して外資も受け入れ、最終的にはブランドが切り刻まれ世界各地へ売り飛ばされるようになります。

2005年のMGローバー倒産をもって量販大衆車も扱うイギリス資本の自動車メーカーは消滅、以後はトヨタや日産、ホンダなど海外資本の現地工場が残るのみとなりましたが、それでイギリスの自動車メーカーが消滅してしまったわけではありません。

イギリスでは伝統的に『バックヤード・ビルド』と呼ばれる少量生産スポーツカーの小規模メーカーが盛んで、ロータスやケータハム、モーガンなど比較的手頃な価格のスポーツカーや、アストンマーティン、マクラーレンなど生産規模が小さくとも高性能なスーパーカーメーカーはむしろ存続しやすい素地がありました。

日本のように自動車を主要産業と位置付け、第2次世界大戦敗戦後に経済復興の原動力と知って育成を図ったような国ではむしろそのような小規模メーカーは所轄する官公庁(当時の通産省や運輸省)から嫌われ、ある程度以上の規模のメーカーですら大メーカーへの合併や傘下入りが推奨されたほどです。

そのため日本では主にレーシングカーを提供するようなカロッツェリアを除けばあまり少量生産メーカーは育たずトミーカイラや鈴商のように長続きしないことがほとんどで、光岡自動車がかろうじて残っているのみ。

しかしイギリスでは今でも前述の少量生産メーカーが存続していて、ブリティッシュ・スポーツカーの歴史と伝統に魅力を感じた外資を受け入れつつ、数は少ないながらも世界中へイギリス車の供給を続けています。

1970年代初等までの絶頂期でイギリスを代表した高級車メーカー、アストンマーティン

1913年に創業したアストンマーティンも当初は優秀なレーシングカー/スポーツカー(かつて両者はほぼ同義語だった)を開発・販売するメーカーで、パトロンの死や不効率な生産体制、過剰なモータースポーツへの投資が祟って、1930年代半ばまでは幾度も経営危機に陥りました。

つまりレースでは勝つものの放漫経営で吹けば飛ぶような自転車操業のバックヤード・ビルドメーカーそのものだったわけですが、1930年代半ばにスポーティな高級乗用車メーカーへ転身します。

ただしトラックや大衆車には手を出さなかったので、第2次世界大戦中は飛行機部品など軍需生産の下請けで糊口をしのぎ、戦後1947年に工業機械製造メーカーの『デイヴィッド・ブラウン・グループ』傘下に入って、ようやく安定した経営状態を得ました。

デイヴィッド・ブラウンのイニシャル『DB』を冠したDBシリーズの高級乗用車を開発して主にアメリカ市場をターゲットとして売りさばき、モータースポーツにも1949年以降復帰してル・マン24時間レースやF1グランプリで活躍するなど、1950~1960年代のアストンマーティンは黄金期を迎え、イギリスを代表する自動車メーカーとなったのです。

ちなみに1960年代までの世界的自動車産業はアメリカとヨーロッパの自動車メーカーが牽引しており、日本の自動車メーカーなどようやく1960年代に「品質はソコソコだが安さが魅力」な乗用車を送り出せるようになった程度。
後に安価で低燃費、コストパフォーマンスと環境性能で日本車が席捲する以前のアメリカ市場では、イギリス車が大いにウケていた時代でもありました。

この時期のアストンマーティンがどのようなメーカーであったかは、イギリスを代表するスパイ映画『007』シリーズ第3作にDB5が採用されて以降、主人公のMI6工作員ジェームス・ボンドが愛用する『ボンドカー』として幾度もアストンマーティン車が登場したのが象徴的です。

イギリスを代表する映画シリーズで、イギリスを代表する諜報機関の凄腕エージェントが愛用する、イギリスを代表する高級乗用車ということで、まさにアストンマーティンこそは『イギリス車代表』でした。
大衆車のミニ、超高級車のロールスロイスとともに、イギリスの自動車産業を象徴していたのがアストンマーティンだったと言ってもよいでしょう。

日本でも『GTロマン』などエンスー漫画家の西風作品にもアストンマーティンは登場しますが、ヤクザであろうと何であろうと、アストンマーティンのオーナーは英国紳士を気取るのが定番であり、アメ車に間違われると我を忘れて激怒するなど、在りし日の大英帝国を表すアイコンとしてもよく使われています。

奈落の底に堕ちたような経営危機と二転三転する経営母体

しかし1972年、第2次世界大戦後長らく安定経営に貢献してきたデイヴィッド・ブラウン・グループが経営不振でアストンマーティンを手放してから、同社の雲行きは怪しくなります。

1974年には日本車も厳しい洗礼を受けたアメリカのマスキー法など凄まじい排ガス規制時代を迎え、それまで大排気量エンジンを搭載したこうきゅうじょうようしゃしか販売していなかったアストンマーティンは、事実上アメリカ市場から締め出されて販路のほとんどを失ってしまいました。

一気に経営が成り立たなくなったアストンマーティンは数年ごとに新たな経営母体を得ては身売りされ、意欲的な新型車で再起を図っては不景気で人員整理に追い込まれといった不安定な状態を繰り返し、1980年代にはどうにか新たな大富豪のパトロンを得て復興するも、非効率な生産体制を刷新したり、将来を見据えた新技術の開発など大規模投資には至りません。

1989年にアメリカのフォード傘下となってからようやく大規模な改革が行われましたが、その頃のアストンマーティンを象徴するのが流麗な近代的スポーツカー『DB7』(1994年発売)で、2019年現在に至るまでの同社製スポーツカーデザインとコンセプトが、ここで確立しました。

1970年代から販売していた『ラゴンダ』を1990年で生産終了させたのを最後に、2010年に登場した『ラピード』までしばらくの間は4ドアセダンを作らず、アストンマーティンはスーパーカー専業に転身していきます。

他社との提携を結びつつも独立、今に至る

アストンマーティンをはじめ、一時期イギリスの自動車メーカーやブランドの数多くを維持することに貢献してきたフォードでしたが、2000年代の原油高騰でアメリカ本国での地盤が揺らぎます。

一時期倒産して国有化を経験したGM(ゼネラルモーターズ)や、ドイツのダイムラーにも見放され、イタリアのフィアットと合併したクライスラーほどひどい事にはならず独立も維持できたフォードでしたが、傘下に持っていたメーカーやブランドの多くを手放し、アストンマーティンも2007年に投資家グループへ売却、フォード傘下を離れました。

その後はイタリアなど外資の援助を受けつつイギリスの独立自動車メーカーとしての地位を保ちましたが、BMW傘下に入ったミニやロールスロイス、VW傘下に入ったベントレーのように事実上ドイツのメーカーになったり、ジャガーやランドローバーのようにタタ傘下でインドのメーカーになる事は避けられ、今でもイギリスの自動車メーカーとして存続しています。

モータースポーツでも2017年のル・マン24時間レースではシボレー・コルベットC5と激しいつばぜり合いを繰り広げてゴール直前で大逆転、LMGTE Proクラス優勝を飾るなど活躍。

2018年からは『アストンマーティン・レッドブル・レーシング』としてF1グランプリにも復帰し、同年はルノー、翌2019年はホンダのパワーユニットを積むため名前だけとはいえ、将来的にアストンマーティンの名を冠した(これも名前だけか開発するかは不明)エンジンを積むとも言われています。

数々の苦境を乗り越えつつ現在でもアストンマーティンがイギリスの自動車メーカーとして存続できているのは、長年積み重ねてきた高級乗用車やスポーツカーのブランドイメージ、その歴史と伝統が評価されていることであり、アストンマーティンの散逸を望まないファンが世界中にいることもあって、投資対象としても魅力的であり続けた事が理由でしょう。

最新スーパーカー『ヴァルキリー』や初のEV『ラピードE』などでさらなる躍進へ

2019年5月現在のアストンマーティンは日本法人『アストンマーティン・ジャパン・リミテッド』が存在し、日本国内数ヶ所の正規販売代理店で全車種が販売されています。
各販売代理店のHPに掲載されている一覧を見ると、取り扱い車種は以下の通り。

・ヴァンテージ
・DB11 V8 / V12 / ヴォランテ / AMR
・DBSスーパーレッジェーラ
・ラピードS
・ヴァンキッシュS
・ヴァンキッシュザガート
・ヴァルキリー

価格は『ヴァルキリー』を除き約2,000~3,500万円程度、『ラピードS』のみ4ドアスポーツセダンで、他は2ドアスポーツクーペまたはオープンスポーツ、『ヴァルキリー』は3億円オーバーの世界150台限定スーパーカーですが、2017年に始まった予約で既に完売しています。

同社初のEV『ラピードE』は日本法人ホームページには掲載されていますが販売代理店のモデル一覧にはまだ登場しておらず、2019年4月の上海モーターショーでワールドプレミアされたばかりですから、日本でもこれからお披露目された上で、取り扱いが始まりそうです。

日本では2017年度に年間302台、2018年度は338台と、マクラーレン(2018年度242台)、ロータス(同210台)より新規登録台数は多く、全てが新車ではないにせよ数は少ないながら着実に日本への上陸を果たしています。

さすがにジャガー(同3,759台)やランドローバー(同4,239台)など輸入車としては比較的廉価なモデルも入っているブランドほどではないにせよ、イギリスのスーパーカーブランドとしてはかなり健闘していると言えるでしょう。

日本は市場規模こそ小さいものの、世界的大ブームとなっているSUVに必ずしも偏重しておらず、スポーツカーやスーパーカーといった分野では歴史的ブランドを丁重に扱う傾向もあることから、アストンマーティンでは日本市場をそれなりに重要視しており、今後はドイツ車やイタリア車と並び、アストンマーティン車を見る機会が次第に増えて来るかもしれません。